護身術としての太極拳

ここでは、武道特に護身術としての存在意義について考えてみたい。 ともすれば、「こんな平和な時代に・・・」「女だもの・・・」とか「年 だからねぇー」だの聞こえてきそうですが、現今の日本が治安の行き届いた安全国家だとは、言えなくなって来ているのではないでしょうか。警察力世界一も死語になりつつある。又、検挙率何%を誇っても、出来ればそんな事件そのものが発生しない方が良い、さらに未然に対処できれば、尚良い。 というようには、簡単にいくものではないのかもしれないが、いざ自分が事件の被害者になることを、思い浮かべれば少しでも回避する法を身に付けようとは、思わないだろうか。思ったほうが良いと思うが、如何でしょう。 各々に、そういった危機感が芽生えれば、護身術は必要だろう。もちろん、太極拳でなくとも、空手、柔道、剣道、ボクシングなどでいいではないか、という人もいることでしょう。その通りです。大いに結構な事だと思います。が、そうはいかない人がいるのも、事実です。加齢による体力の低下、男女の性別、長年付きまとっている持病など、何らかの事情により、尻込みしている人たちは、必要ではないのでしょうか。いや、むしろこういう人たちには、必須なものです。そもそも、犯罪を犯すような輩は、彼らをターゲットにしているではありませんか。 修行年数で差がつくのは、他武道と同じですが、体の高低、力の大小、男女の別で優劣がつかないのが、太極拳はじめ気を使う武道(内家拳と中国では言う)の特徴であり、魅力でもあります。 こういうふうに書いていくと、護身、武道に消極的な人種、あるいは消極的にならざるを得ない人々の為の駆け込み寺のようであるが、本来武道というものは、非力な者が剛なる者を制する技を学ぶものであるので、老若男女問わず万人向けの太極拳は、根本原理をおさえており、中国式ラジオ体操としてではなく、武道として後世に語り継いでいかねばならないと思います。
